2020年3月26日木曜日

コラム:運動と感染予防

 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が世間を騒がせていますが,皆様,いかがお過ごしでしょうか.今回は,本編をお休みして,運動と感染症との関係を考えたいと思います.運動習慣のある人は風邪を「ひきにくい」でしょうか「ひきやすい」でしょうか.これは研究者にとっても気になるところで,「運動免疫学」という研究分野があって,この問題を専門に研究する方も沢山いらっしゃいます.早速答えを言いますと「適度に運動をすれば風邪をひきにくくなる」と言えます.視点を変えると「運動をやり過ぎると風邪をひきやすくなる」とも言えます.
 
 唾液には抗体が含まれていて,病原菌やウィルスが口から侵入するのを防いでくれます.唾液の量と成分を調べて,抗体の分泌量が多ければ免疫力が強い(感染しにくい)と言えるわけです.以前に行った実験では,高齢者が週5回の運動を6カ月間行うと,抗体の分泌量が増えました.運動は自転車こぎと筋力づくり体操で,合わせて11時間程度です.もう一つ,以前に行った実験ですが,日常的に歩数の多い人と少ない人を比べてみると(平均年齢71歳),歩数の多い人の方が抗体の分泌量が多い傾向にありました.少ない人の歩数は14200歩以下,多い人は160007700歩でした.これらの結果を見ますと,やはり,「運動習慣のある人は風邪をひきにくい」と言って良いと思います.ところが,この研究には続きがあって,歩数が大変多い高齢者(17700歩以上,平均1万歩)と歩数が少ない人との間には,はっきりとした差はありませんでした.また,(若いスポーツ選手の実験ですが),強化合宿のようにきつい練習をすると一時的に抗体の分泌量が減るというデータがあったり,他の研究グループからも似たような研究成果が報告されていたりして,運動をやり過ぎると,効果が出なかったり,逆に風邪をひきやすくなったりするようです.

 「適度な運動」を定義するのはナカナカ難しいですが,無理をせず,疲れが残らない程度に運動して,良く食べ,良くねることが大切だと思います.専門者会議の言う「換気の悪い密閉空間,多くの人が密集」を避けられる屋外でのウォーキングはお薦めです.

【引用文献】
Otsuki T, Shimizu K, Iemitsu M, Kono I. Chlorella intake attenuates reduced salivary SIgA secretion in kendo training camp participants. Nutrition Journal 11: 103, 2012

Shimizu K, Kimura F, Akimoto T, Akama T, Otsuki T, et al. Effects of exercise, age and gender on salivary secretory immunoglobulin A in elderly individuals. Exercise Immunology Review 13: 55-66, 2007

Shimizu K, Kimura F, Akimoto T, Akama T, Kuno S, Kono I. Effect of free-living daily physical activity on salivary secretory IgA in elderly. Medicine and Science in Sports and Exercise 39: 593-598, 2007

2020年3月19日木曜日

心拍数を使ってペースを調整しよう(中編)


 前回,運動の強度に合わせた酸素利用量,つまりはエネルギー生成量の増減に肺,血液,筋肉などが関わっていることをご説明しました.それらの中でも,酸素利用量との関係が強く,運動中の変動を把握し易いのは血液です.ペース調整の方法を具体的に説明する前に,もう少しだけ,身体の仕組みに触れたいと思います.

 肺で酸素を補給した血液が心臓に戻り,酸素を多く含んだ新鮮な血液が心臓から筋肉,脳,内臓などに送り出されることはご存知ですよね.心臓がこれらの器官に送り出す血液の量を「心拍出量(しんはくしゅつりょう)」と言います.平均的な体格の成人男性ですと,安静時の心拍出量は1分間に46 L程度です.運動時には心拍出量が増えて血液循環が活発になり,筋肉に沢山の酸素が届けられます.ここで強調しておきたいのは,酸素の利用量と心拍出量は強い比例関係にあることです.運動の強度が上がると,より多くの酸素が筋肉で必要になりますが,それに比例して心拍出量も上昇し,筋肉に酸素を供給してエネルギーの生成量を増やします.つまり,心拍出量を把握できれば酸素利用量を把握できるという訳です.

 心拍出量が増減する仕組みを考えると,運動中の心拍出量を把握することは難しくありません.心臓は筋肉でできた袋の様な器官です.この袋には,肺から血液を取り込むパイプ(血管)と筋肉などに血液を送り出すパイプが,一本ずつ,ついています.高速道路と同じで血液の流れは一方通行になっていて,逆流の心配はありません.筋肉の働きで袋が縮むと,中に入っていた血液が筋肉などに向かって送り出されます.心臓という袋が縮むことを「心収縮」と言い, 所要時間は約0.3秒です.1回の心収縮で送り出される血液量と,心収縮のテンポによって心拍出量は決まります.1回の心収縮で送り出される血液量は,平均的な体格の男性では,安静時は約70 mL,運動時は最大約90 mLで安静時の3割増しといったところです.一方,心収縮のテンポは心拍数と呼ばれ,安静時は1分間に約70回,運動時は最大約200回と安静時のおよそ3倍増です.3割増と3倍増では比較になりませんよね.つまり,心拍出量の増減を決めているのは心拍数なのです.くどくど細かい説明をしましたが,結局のところ,心拍数を測れば心拍出量を推測でき,酸素利用量の増減を把握できるので,ウォーキングのペースが適切かどうかを判断できるという訳です.次回,いよいよ心拍数の利用したウォーキングの実施方法をご紹介しましょう.

2020年3月5日木曜日

心拍数を使ってペースを調整しよう(前篇)

 前回は,健康づくりの有酸素性運動は最大強度の6575%が適切であること,この強度を把握するには,運動負荷試験が必要であることをお話ししました.今回は,運動負荷試験を行わず,もっと簡単に運動の強度を調整する方法をご紹介します.

ウォーキングやジョギングでは速度が上がったり,坂道が急になったりすると「つらい」と感じますよね.この状態では,より多くのエネルギーが必要で,運動強度が高いと言えます.さらに速度が上がったり,さらに坂道が急になったりすると,より多くのエネルギーが必要になり,より多くの酸素を利用することになります.ただし,私たちの身体は酸素を無限に利用できるわけではありません.この限界点(酸素の利用量が最大になる運動)を最大運動,その運動の強度を最大強度と言います.ただし,私たちの身体は,酸素を利用するシステムの他に酸素を利用せずにエネルギーを生成するシステムを備えており,実際には,最大強度を超える速度で走ることもできます.ランニングで例えると,酸素の利用量は全力疾走よりも遥かに低い速度で最大になり(最大運動),それよりも速い100M走などは超最大運動と呼ばれます.つまり,全力疾走の速度と最大運動の速度は異なるので,「最大強度の〇〇%」で運動を行うためには,何らかの方法で酸素摂取量を測定または推測して,最大強度を把握する必要があります.

では,どうすれば簡便に最大強度を把握できるでしょうか.まずは,私たちの身体が,どの様にして酸素の利用量を増やすのかを考えてみましょう.脳を含め多くの組織が酸素を利用しますが,運動の強度に比例して酸素の利用量が増えるのは,筋肉で酸素の利用量が増えるからです.筋肉で酸素を利用するためには,(1)肺で血液中に酸素を取り込み,(2)肺から筋肉へ血液(酸素)を運び,(3)血液中から筋肉内への酸素を取り込み,(4)筋肉で酸素を利用してエネルギーを生成する,ことが必要です.なんだか複雑になってきましたが,ことは単純で,スポーツ現場では(2)に着目し,非常にシンプルな方法で「〇〇%最大強度」を把握しています.長くなってしまいますので,続きは次回にしましょう.

ウォーキングに飽きてしまったら?(前篇)

 ウォーキングは健康・体力づくりにとても良い運動だと思います.生活習慣病やメタボリック・シンドロームの予防に効果的ですし,特別な用具・技術は不要で気軽に実施できます.やわらかい日差しを受け,心地よい風を感じたり景色を楽しんだりすれば,心も軽くなりますよね.ウォーキングのイベントを...