2020年4月30日木曜日

コラム:栄養と感染予防


 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)とは粘り強く戦い続けることになりそうです.本編をお休みして,栄養と感染予防との関係を考えたいと思います.前回のコラムでは「適度に運動をすれば風邪をひきにくくなる」,「運動をやり過ぎると風邪をひきやすくなる」というお話をしました.でも,風邪のひきやすさは運動習慣だけで決まるのではありません.食事も感染予防に重要です.

 私たちは,某大学(流通経済大学ではありません)の剣道部にお邪魔して,強化練習期間に唾液を収集するという研究を行いました.メトロノームに合わせて脱脂綿をかんでもらい,唾液を収集・分析するのです.強化練習期間は,唾液の量が減り,抗体も減っていました.細菌やウィルスにとって,唾液は人体内への侵入を妨げる物理的なバリアですし,抗体は攻撃をしかけてくる天敵です.つまり,唾液や抗体が減っているということは,感染リスクが高まった状態だと言えます.この剣道部は全国大会の常連で,普段から厳しい稽古をつんでいますが,それでも,強化練習期間にはこの様なことが起こるのです.私たちの研究以外にも,マラソン大会の後は風邪をひく人が増えるという研究など,疲労が感染リスクを高めることは良く知られています.

 実は,私たちがこの研究で調べたかったのは,疲労の影響ではなく,どうすれば疲労による免疫力の低下防げるか,ということです.そのために,学生を2班に分け,強化練習の1カ月前から,A班は偽薬を,B班はサプリメントを飲んでもらいました.試したのは各種の栄養素(アミノ酸,ビタミン,ミネラルなど)を少量ずつ,しかし多様に含んでおり「ベーシックサプリメント」,「総合栄養サプリメント」などと呼ばれるサプリメントです.この研究では,藻類の一種であるクロレラのピレノイドサ種を原料にしたものを用いました.そうしますと,偽薬を飲んだA班では唾液と抗体が減りましたが,サプリメントを飲んだB班では唾液も抗体も減りませんでした.強化練習のように疲労が著しい時にも,栄養に気を配ることで感染を予防できるということです.あるいは,疲れた時こそしっかり食べるべき,と言うべきでしょうか.

 疲労だけでなく,加齢やストレスも免疫力を下げる要素です.COVID-19が猛威をふるう今こそ,積極的に食べて,感染予防に努めたいですね.ちなみに私は,毎朝,妻子のために朝食をつくりますが,味噌汁にできるだけ多種類の食品を入れること,人参や大根は皮をむかないこと,魚は皮も食べること,果物・乳製品を欠かさないこと,を心がけてます.
 
【引用・参考文献】
Otsuki T, Shimizu K, Iemitsu M, Kono I. Chlorella intake attenuates reduced salivary SIgA secretion in kendo training camp participants. Nutrition Journal 11: 103, 2012[この研究は(株)サン・クロレラの受託研究として実施しました]

Nieman DC, Johanssen LM, Lee JW, Arabatzis K. Infectious episodes in runners before and after the Los Angeles Marathon. Journal of Sports Medicine Physical Fitness 30: 316-328, 1990

2020年4月23日木曜日

心拍数計が無いときは?(後篇)


 前回,心拍数計が無いときは,1)普段の歩行よりも速く,2)無理はしない,ことを心がけてウォーキングすれば良いと,ご説明しました.「普段より速い」は良いとして,「無理をしない」とはどういうことでしょうか.

 ウォーキングの適切なペースを説明するのによく使われるのは「ややきつい」という言葉です.私たちもの運動教室でも,この言葉を使います.また,「息が弾むけど笑顔が保てる」と表現されることもありますし,「にこにこペース」という言葉を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか.どれも言い得て妙ですが,私のお勧めは「普段の歩行よりも速いけど,きつくはない」ペースです.ただ,例えば30分間のウォーキングを行うとして,ペースが変わらなくても最初の5分間と最後の5分間では感じ方が違うことを頭に入れて頂ければと思います.歩き終わった後で「今日は少しきつかったな」と感じられるのが理想で,最初から「ややきつい」だと,最後は「きつい」とか「かなりきつい」になってしまいます.オーバーペースよりは,少し物足りないぐらいの方が,続けやすいとも思います.腹八分目と言いますしね.

 ところで,「きつさの感覚は人それぞれじゃないか」とつぶやいた貴方,ちょいとお待ちを.我慢しがちな人や,必要以上につらいと感じる人がいることは,その通りです.でも今回は,できるだけ簡便なウォーキング,というテーマですから,模範回答は容赦して頂ければと思います.「普通だったらこのぐらいかな」と想像を膨らませて,大らかな気持ちで取り組んではどうでしょう.「普通の定義は?」と言うのもなしでお願いしますね!

2020年4月16日木曜日

心拍数計が無いときは?(前篇)


 何度も繰り返しますが,ウォーキング中に心拍数を測定し,心拍数が年齢から推定した最大値の6575%になるペースでウォーキングすることを,私たちはお勧めしています.でも,もっと気軽にチャレンジしたい,という需要もありますよね.そんな時はどうすれば良いでしょう.

客観的な指標(心拍数)を使えない,使いたくない時は,主観的なペース設定もOKです.この時のポイントは,1)普段の歩行よりも速く,2)無理はしない,です.人間は色々な物事に良くも悪くも慣れる生き物です.私たち運動生理学者は,ある種の活動に慣れることを「適応」と呼んでいます.皆さんの身体は普段の歩行にすっかり適応していますので,普段通りに歩いても,今よりも健康になったり,元気になったりすることは難しいのです.そういう訳で,効果を出すためには普段よりもスピードを出して心臓や筋肉を刺激することが必要なのです.

 しかし,無理は禁物です.以前,無理をすると免疫力が下がって風邪を引きやすくなることをご説明しました.また,膝や腰を痛めることも心配です.どうすれば無理をしないで済むかは,次回,お話ししましょう.

最後にもう一つ.普段通りのスピードで歩くことに意味が無いのではありません.現在の歩行は現在の健康維持に役立っているのです.普段のスピードですら歩かなくなったら,健康も体力も衰えてしまいます.COVID-19が心配な状況ですが,一人ひとりが工夫して,歩数を減らさない様にしたいですね.

2020年4月9日木曜日

運動の実践で大切なことは?


 前回は,ウォーキング中に心拍数を測定し,心拍数が年齢から推定した最大値の6575%になるようにすれば良いとお話ししました.でも,頭でわかっても行動に移るにはハードルがありますよね.みなさんが「正しいウォーキング?(好きではない言葉ですがハートが伝わり易いので,つい使ってしまいます)」をイメージできるよう,私たちの運動教室をご紹介しようと思います.今回は,運動は自分に合ったやり方で行うことが大切だという話です.

私たちの教室には,色々な方が参加して下さいます.年齢は平均65歳ですが4085歳と幅広く,男性/女性,運動習慣・持病・整形外科的障害の有/無,体力の高/低,痩身/肥満など様々です.全員に同じプログラムを提供するわけにはいきませんが,一人ひとりに別個のプログラムを提供する余力はありません(泣).そこで,運動習慣によって複数の班に分かれて頂き,A班は兎にも角にも運動習慣をつける,B班は強度を75%最大心拍数まで,回数を週5回まで段階的に増やす等,別々の目標とプログラム(時間,回数,目標心拍数)を提供します.そして,これが私たちの教室の特徴ですが,集団で歩くことはせず,参加者と学生が二人一組になり,学生が参加者の心拍数を確認しながら適切なペースで歩けるように誘導します.「皆さんのペースについていけるでしょうか?」という問合せを頂くことがありますが,私たちの教室では心配無用です.

最後に,自分に合う運動は何かということを,誤解と過去ブログとの矛盾を恐れず大胆に言いますと,自分に合う運動の第一条件は長く続けられること(飽きない,いやにならない,怪我をしない)です.ただし,楽で気軽な運動が最高だということではありません.長続きするには効果を実感することも重要ですし,やるからには元気に・健康になって欲しいと思います.自分流にアレンジするのは良いですが,やはり,運動処方の基本を押さえることは必要です.優れた指導者は効果を出せる様にサポートしてくれますし,やる気を引き出すことも得意です.新型コロナウィルスが終息したら,スポーツクラブや自治体の運動教室に参加してみて下さい.このブログも皆さんのお役に立てるように頑張ります.

2020年4月2日木曜日

心拍数を使ってペースを調整しよう(完結編)


 前回,心拍数を測ることで運動時の心拍出量,ひいては酸素利用量の増減を把握できることをご説明しました.心拍数をウォーキングのペース設定に利用することには,二つの実用的な利点があります.

一つ目は,測定が比較的に容易なことです.運動用の心拍数計は複数のメーカーから市販されており,マラソンやトライアスロンなどの競技者や愛好家に人気があって,ネットショップやスポーツ用品店などで購入できます.多くの機種があって目移りしますが,健康づくりに高度な機能は不要なので,信頼できるメーカーのシンプルな製品を選択するのが良いと思います.以前は胸にストラップを装着して心臓の電気活動をキャッチするタイプが主流でしたが,現在は,手首に腕時計タイプの光学センサー装着するタイプが普及し,心拍数の測定はより簡易になりました.

二つ目,実はこれが重要なのですが,運動時にどれだけ心拍数が上がるかは,年齢から予測できます.健康や体力の優劣,運動習慣の有無,性別などの影響は些少です.一般には「最大心拍数 = 220 - 年齢」という式が普及していますが,この式は高齢者の最大心拍数を過小評価しますので,私たちは「最大心拍数 = 208 -(0.7 × 年齢)[引用文献参照]」という式を使っています.以前にご説明した,1)健康づくりに最適な運動は最大強度の65 75%,2)最大強度とは酸素の利用量が最大になる強度,3)酸素の利用量は心拍数に比例する,ことを併せると,【結論】心拍数が最大心拍数の6575%になるようにペースを調整すれば良い,ということになります.例えば,69歳なら最大心拍数は「208 -(0.7 × 69)= 160」,その6575%は104120ということで,ウォーキング中に心拍数が104に満たなければペースを上げ,120を超えるようならペースを下げるという具合です.次回は,「実践編」として,私たちの運動教室での実践例をご紹介します.

【引用文献】 Tanaka H, Monahan KD, Seals DR. Age-predicted maximal heart rate revisited. Journal of American College of Cardiology 37: 153-156, 2001


ウォーキングに飽きてしまったら?(前篇)

 ウォーキングは健康・体力づくりにとても良い運動だと思います.生活習慣病やメタボリック・シンドロームの予防に効果的ですし,特別な用具・技術は不要で気軽に実施できます.やわらかい日差しを受け,心地よい風を感じたり景色を楽しんだりすれば,心も軽くなりますよね.ウォーキングのイベントを...