2020年6月25日木曜日

歩くだけで大丈夫?(完結篇)

前回は筋力づくり運動の代表種目であるスクワットに取り組んで頂きました.あれから一週間,そろそろ慣れてきたのではないでしょうか.でも,ここからが本番です.筋力づくり運動は実に奥が深いのです.

前回は,スクワットの初級編「椅子の座り立ち運動」をご紹介しました.まずは復習です.前回と同様にスクワットを行いましょう.いきますよ「1, 2, 3, 4, 5, 6, 7」,はい,そこでストップです! 前回は,1回ごとに椅子に腰を下ろしていました.今回は,お尻が椅子に触れるか触れないかで動作を止め,次の動作(腰を上げる動作)に切りかえて下さい(中級編).これだけで随分きつくなりますよね.椅子を使わずに行うこともできますが,椅子を使う方が腰の下げ位置をきっちり決められますし,バランスを崩した時も安心です.

えっ,もっときついのに挑戦したいですって? わかりました.次は「上級編」です.中級編をしっかりマスターした人だけ挑戦して下さい.前回ご紹介した開始姿勢をとりましょう.次いで,右足は少し後ろに引いて下さい.かかとは浮いても構いません.そして,右足は軽く床につけてバランスをとる程度にどどめ,左脚一本のつもりでスクワットに挑戦してみましょう.8回できたら,左右の足・脚の役割を替えて,もう一度行います.

どうでしょう? スクワット一つでもバリエーション豊かで,「筋トレの沼」にはまってしまう人の気持ちが分かりますよね.マシンを使わない自体重の筋力づくり運動は,姿勢や力の入れ具合で,効果が大きく変わります.機会があればスポーツクラブや市町村の運動教室などに参加し,専門家の指導を受けて下さい.本当は色々な種目をご紹介したいのですが,文章だけだと限界がありますし,このあたりにしておきます.「新しい生活様式」が長く続くようだと,オンラン運動指導も考えないといけないとは思っているのですが......


2020年6月18日木曜日

歩くだけで大丈夫?(中篇)

前回はウォーキング(有酸素性運動)と筋力づくり運動(抵抗性運動)を組み合わせて実施すると良いことをお話ししました.ウォーキングはこれまで何度もとりあげていますので,今回は筋力づくり運動についてお話ししましょう.

筋力づくり運動というと何を連想しますか? 筋骨隆々のボディ・ビルダーを頭に描き,「あんなの無理」と思った人はいないでしょうか.でも,筋力づくり運動は実に多様で,皆さんにお勧めするのは,もっともっと気軽な運動です.文章でお伝えするのは難しいですが,ひとつ,今から一緒にやってみませんか.役所や何かで「すぐやる課」という感じのネーミングが話題になったことがありますが,あれと同じです.さあいきますよ!

1.体調の悪い方等は,後日,挑戦して下さい

2.椅子(タイヤの無い固定式のもの)を準備して下さい.椅子が動かないように椅子の背中を壁にぴたりとつけましょう.

3.椅子に浅く腰かけ,膝を軽く曲げて足を手前に引いて下さい.足幅は歩く時と同じか少し広めです.

4.童心に帰って,腕は「前にならえ」でお願いします.ただし,手のひらは下に向け,上半身は少し前に倒しましょう.

5.おなかに力を入れ,「1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8」と声にだして数えながら,4秒かけてゆっくり立ち上がり,4秒かけてゆっくり座って下さい.この座り立ち(8秒間)を8回くり返しましょう.

6.おめでとうございます.これであなたもチーム筋トレの仲間入りです.

どうです,簡単でしょう? これはスクワットと言って,下半身全体を鍛える筋力づくり運動の代表種目です.まずは8回×2セットを週3回,慣れたら少しずつ増やして12回×3セットを目指して下さい.

 今回は筋力づくり運動の基礎編です.次回は,応用編として,もう少し掘り下げてお話ししようと思います.


2020年6月11日木曜日

歩くだけで大丈夫?(前篇)


このブログでは,皆様の健康増進にウォーキングをお勧めしています.でも,ちまたには沢山の種類の運動があって,他の運動もやってみたいし,ウォーキングだけでは不十分な気もするし,という方もいらっしゃるのではないでしょうか.今回は,別の運動についてお話したいと思います.

以前,「有酸素性運動,抵抗性運動,柔軟体操」が健康づくりの基本種目だとお話ししました.ウォーキングは代表的な有酸素性運動で,疲れにくい身体をつくったり,心血管系の病気(脳卒中,心臓病など)や代謝系の病気(糖尿病,メタボリックシンドロームなど)を予防したりする効果があります.これさえやっておけば安心とも思えますが,実は,有酸素性運動を行うためには前提条件があります.私は大学院生の時,某市の公設運動公園にあるトレーニング室で運動指導のアルバイトをやっていました.その時に上司から「ウォーキングやジョギングは大切だけど,脚が強くないと歩くこともできないんだよ」ということを言われて,はっとさせられたことを思い出します.そうです,ウォーキングには最低限の脚力が必要ですし,脚力を高めることで膝などの痛みを予防したり軽減したりできるのです.筋力を高める運動を抵抗性運動といいます.物理的な負荷に抵抗して行うという意味で「抵抗性」と呼ばれています.皆さんには「筋力づくり運動」,「筋力トレーニング」の方が馴染み深いですよね.これらは同じ言葉だと考えてOKです.

私たちの運動教室も,以前はウォーキングに特化していましたが,近年は「ウォーキング + 筋力づくり運動」を行っています.次回,筋力トレーニングの実施方法についてお話ししようと思います.

2020年6月4日木曜日

コラム:座りすぎていませんか?


緊急事態宣言は解除されましたが,新しい生活様式への適応が求められる今日この頃.外出がためらわれたり,テレワークが続いたりして,在宅時間が普段より長いという方が多いのではないでしょうか.家にいると,どうしても座る時間が長くなりますよね.今回は本編をお休みして「座位行動」について考えたいと思います.

スポーツ科学に携わっていると,どうしても強度の高い運動に目がいきます.高強度運動を長く行えばカロリーを多く消費できますし,何より分りやすく「運動した」と感じることができます.また,このブログでも触れていますが,健康づくり運動では中強度の運動が推奨されています.でも,よくよく考えてみますと,高強度や中強度の運動を行うのは124時間の中のほんの僅かな時間でしかありません.昨年,ラグビー日本代表の活躍に胸を躍らせた方も多いと思います.ラグビーは心身に大きな負荷のかかる激しいスポーツですが,試合時間は前後半合わせて80分間,1日の6%です.人々の行動パターンを分析した研究では,睡眠時間を除いた覚醒時間のうち,5560%は座っている時間,3540%は低強度の運動(家事や移動のための歩行など)を行っている時間だったそうです.この「座っている時間」は,近年,研究者の注目を集めており,盛んに研究が進められた結果,座位時間が長い人は生活習慣病のリスクが高いことが分かってきました.また,一日の座位時間が11時間以上の人は,推奨される運動を行ったとしても,座位時間が4時間未満の人より死亡リスクが1.4倍高いという報告もあります.これらを併せて考えると,張り切り過ぎて「昨日頑張ったから今日はのんびりするか」となるより,疲れすぎない程度の運動を週に何日も行って「毎日を活動的に過ごす」ことが望ましいように思います.以前,運動のやり過ぎは免疫機能を低下させるというお話をしましたが,それと同じですね.

どうすれば「新しい生活様式」に運動を上手く取り入れられるか,これから,よくよく考えていこうと思います.良いアイディアがあれば,ぜひご一報ください.

【引用・参考文献】
van der Ploeg HP, et al. Sitting time and all-cause mortality risk in 222497 Australian adults. Archives of Internal Medicine 172: 494-500, 2012

岡浩一朗,他.座位行動の科学:行動疫学の枠組みの応用.日本健康教育学会誌 21: 142-153, 2013

2020年5月28日木曜日

ペースを変えながら歩いててみよう(完結編)


 さて,前回の続きです.龍ケ崎市の「てくてくロード(健康の散歩道)」を歩きながら1km毎に血圧を測定する実験の結果ですが,まず,安静時に比べてウォーキング中に血圧は上昇しました.健康な男女109人(平均67歳)の平均値は,スタート前の椅子に座った状態では最高血圧/最低血圧(mmHg)が12478でしたが,ウォーキング中は13779といったところです.しかし,よくデータを観察すると,奇妙なことに気が付きました.まず,同じ値がずっと続くのではなく,140/81136/79135/78と,1km地点で2kmおよび3km地点より高い値でした.一方で,客観的(加速度計による計測)にも主観的(らく,ややきつい,きつい,の三択)にも,運動強度は1km地点がそれ以降より低い値でした.原則的には,運動強度と最高血圧は比例関係にありますので,1km地点で血圧が高く運動強度は低いのは「???」なのです.

 不思議に思ってよくよく先行研究を調べてみますと,これは「downward drift」といってかなり昔から確認されていた現象で,体温や皮膚血流の上昇が原因だと考えられているようでした.そうは言っても,この現象を風や日光にさらされる屋外の運動で確認したのは私たちが初めてだったので,北欧の雑誌が論文を掲載してくれました(えっへん!). 先行研究では「運動時間が長くなると(10分を超えると)血圧が低下する」と説明されていますが,細かく見ると他にも気になるデータがあって,私たちは「準備運動が不十分だと不必要に血圧が上昇する」と解釈しています.運動時は血圧の上昇が必要な一方で,過度な上昇の反復が将来の疾病リスクを高めることには要注意です.そこで私たちの運動教室では「最初の10分間(約1km)は普段と同じ速度,それ以降は推奨速度客観的には最大心拍数の70%レベル主観的には「ややきつい」)」でウォーキングを実践しています.

正直にを申し上げると,この方法の効果を十分に検証したと言えるところまでは研究を進められていません.でも,この方法でウォーキングを6週間行うことで血管年齢などが改善したというデータは得ていますし,無理のない速度で歩きはじめるので運動にとりくみやすいという実践上のメリットもあります.ついつい最初から頑張り過ぎてしまう方,「今日はちょっと気分が乗らないな~」という日,ぜひこの方法を試して下さい.「はじめチョロチョロ,中パッパ」なんて言いますが,美味しいお米と健やかな血管は似ているかもしれませんね?!

【引用・参考文献】
Otsuki T, Ishii N. Association between blood pressure changes during self-paced outdoor walking and air temperature. Clinical Physiology and Functional Imaging 37: 155-61, 2017

Otsuki T, Nakamura F, Zempo-Miyaki A. Nitric oxide and decreases in resistance exercise blood pressure with aerobic exercise training in older individuals. Frontiers in Physiology 10: 1204, 2019

2020年5月21日木曜日

ペースを変えながら歩いててみよう(中篇)

 前回は,1)運動中は血流を促進するため血圧が上昇する,ただし,2)運動中の過剰な血圧上昇は脳卒中のリスクである,ことをお話ししました.過剰な血圧とは何か,それを防ぐにはどうすれば良いか,を考えるため,ウォーキング中に血圧がどう変化しているかを調べた研究の成果をご紹介します.

 茨城県には「ヘルスロード」というのがあって,県の保健予防課や県立健康プラザが旗振り役になり,各地にウォーキングコースを指定・整備しています.流通経大の地元龍ケ崎市もヘルスロードを整備し,「てくてくロード(健康の散歩道)」と名付け,タッポくん(龍歩くん?)というゆるキャラも誕生しました.よくできたウォーキングコースで,新日本歩く道紀行100選「食の道」にも選定されたそうです.流通経大の大学院に「スポーツ健康科学研究科」が設置された2010年に,龍ケ崎市から依頼を受けて,てくてくロードの広報を兼ねたウォーキング教室を実施することになりました.この時,ついでということでもないのですが,諸々の測定を行って研究の材料にすることにしました.

どういう研究かと言いますと,1日目に血管年齢や体力を測定し,2日目にウォーキングを行って,その間の血圧や運動強度を測定するというものです.血圧といっても,ウォーキングを中断し,座った状態で測定するのではなく,ノンストップで,歩きながら血圧を測定するのです.手首で測定するタイプの血圧計を装着したままウォーキングを行い,1km毎に自分でボタンを押して血圧を測定してもらい,ウォーキング終了後に血圧計に保存されている記録を呼び出して転記するという方法です.ただ,ウォーキング中に血圧を測定するのはナカナカ難しく,手元にあった血圧計で試してみると,多くの場合にエラー(測定結果が表示されない)が発生し,とても研究で使用できるとは思えませんでした.そこで,大型の電気屋さんに行ったり,メーカーにデモ機を送ってもらったりして,様々なメーカーの様々な血圧計を試し,研究に使えそうな血圧計を何とか見つけました.NISSEIというメーカーの製品ですが,よくよく調べると,このメーカーは多くの製品でヨーロッパ高血圧学会臨床精度試験に合格していますし,大手メーカーのOEMを請け負っている様でした.また,10年も前の話ですが,製品の詳細を聞きたくて会社に電話をしたら丁寧に対応して下さり,この製品を使って研究を行うことに決めました.さらに,実践を重ねる中でウォーキング中に血圧を測る「コツ」が分かってきて,何とか研究を実施することができました.

少し長くなりました.てくてくロードの紹介と血圧計選びの苦労話で終わってしまいましたが,続きは次回にしたいと思います.

2020年5月7日木曜日

ペースを変えながら歩いててみよう(前篇)

 これまで,心拍数計を利用したり主観的な運動強度を手掛かりにペース設定したりしてウォーキングする方法をご紹介しました.これらを読んで頂いても,他の方の文章を読んでも,ウォーキングは一定のペースを保つものだと感じられるかもしれません.しかし,必ずしもそうではないですよ,というのが今回の話題です.

 話がそれますが,皆さんは,ご自分の血圧がどの程度か,ご存知ですよね.健康診断では必ず測定しますし,家庭に血圧計があるという方も多いのではないでしょうか.その時,どんな姿勢で血圧を測りますか? 椅子に座り,安静を保って血圧を測りますよね.なぜそうするかと言いますと,体を動かすと血圧が変わってしまうからです.ウォーキングは体に良くって,歩くと血圧が下がるとお考えの方がいるかもしれませんが,必ずしもそうとは言えません.運動中,つまり,今まさにウォーキングしている時には,座って安静にしている時よりも血圧は高くなります.エネルギーを生み出すために筋肉には酸素が必要で,酸素を届けるために運動中は血液の流れが活発になります.そのために血圧の上昇が必要なのです.ただし,何事も「適度」というものがあります.運動中に血圧が上がり過ぎることには要注意です.運動負荷試験といって,トレッドミル(ルームランナーと言った方が分り易いでしょうか?)でウォーキングを行ったり,自転車エルゴメーター(いわゆるエアロバイク)で運動を行って,その間に心電図を記録したり血圧を測定したりする検査があります.その試験中に血圧が過剰に上昇する人がいて,そういう人は,例え安静時の血圧が正常でも,心臓病や脳卒中のリスクが高いとされています.一種の隠れ高血圧とでも言えば良いでしょうか.私たちの研究でも,運動時に血圧が上がりやすい人は,いわゆる血管年齢が高い傾向にありました.

 次回は,いわゆるウォーキング中に血圧がどの様に変化しているか,私たちの研究成果をご紹介して,ペースを変える意義を考えてみましょう.

【引用・参考文献】
Otsuki T, Kotato T. Blood pressure during resistance exercise is associated with 24-h ambulatory blood pressure and arterial stiffness. Journal of Physical Fitness and Sports Medicine 8: 209-216, 2019

Schultz MG, La Gerche A, Sharman JE. Blood pressure response to exercise and cardiovascular disease. Current Hypertension Report 19: 89, 2017


ウォーキングに飽きてしまったら?(前篇)

 ウォーキングは健康・体力づくりにとても良い運動だと思います.生活習慣病やメタボリック・シンドロームの予防に効果的ですし,特別な用具・技術は不要で気軽に実施できます.やわらかい日差しを受け,心地よい風を感じたり景色を楽しんだりすれば,心も軽くなりますよね.ウォーキングのイベントを...